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大阪高等裁判所 昭和50年(う)902号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人、弁護人畠山成伸および弁護人村松万寿治各作成の控訴趣意書記載のとおり(ただし、弁護人畠山成伸作成の控訴趣意書中「第三回公判期日」および「第三回公判」とあるのは、それぞれ「第四回公判期日」および第四回公判」と訂正された。)であるから、これらを引用する。

弁護人畠山成伸の控訴趣意第一、訴訟手続の法令違反の論旨について

まず、所論は、原裁判所は、被告人が者であるにかかわらず原審第一回および第四回各公判期日において通訳人を付さずに審理し、判決の宣告をしたものであり、その通訳人を付さなかつた点に訴訟手続の法令違反がある、と主張するので判断するに、被告人が者であつても、公判期日において通訳人を付することは法律上義務的とはされておらず、裁判所の裁量にゆだねられているところであるから(刑事訴訟法一七六条参照)、通訳に代えて筆問、筆答し、あるいは陳述を書面によるなどすることによつて被告人に公判手続の内容を了知させ、かつ、訴訟行為を行わせることができる場合には、その方法によることを著しく不相当とする事情がない限り、通訳人を付さないこと自体を違法ということはできないと解するのが相当であるところ、記録によれば、被告人は者であるが、通常の読み書きはできる者であること、原裁判所は原審第一回および第四回各公判期日において被告人に通訳人を付さなかつたが、右第一回公判期日においては人定質問、弁論の併合、訴因罰条の変更、訴因罰条変更請求書の朗読、被告事件に対する陳述、証拠調(証拠書類の取調べ)の各手続が行われ、また右第四回公判期日においては判決宣告が行われたこと、そして以上の各公判手続が被告人に対する関係で書面によつて行われることを不相当とする格別の事情はなかつたことが認められるので、原裁判所が右第一回および第四回各公判期日において被告人に通訳人を付さなかつたことに違法はないというべきである。

次に、所論は、原裁判所は、原審第一回公判期日において検察官に起訴状を朗読させず、訴因罰条の変更請求書を朗読させたのであるが、第一回公判期日前に訴因罰条の変更があつた場合でも、検察官に起訴状を朗読させるべきであり、これをせずに訴因罰条変更の書面を朗読することは許されないのであるから、原裁判所の右訴訟手続には法令の違反がある、と主張するので判断するに、刑事訴訟法二九一条によりいわゆる冒頭手続として検察官の起訴状朗読が要求されているのは、口頭主義、弁論主義の要請に基づき、公判廷において、まず審判の対象を上程させたうえで、これを前提に実質的な審理を進行させようとするものであり、したがつて、起訴状は必ずしもその全部が朗読されなくとも実体に関する公訴事実(訴因)および罪名(罪条)の記載部分が朗読されれば足りること、および訴因罰条の変更は第一回公判期日前においても許されていることにかんがみると、冒頭手続の起訴状朗読前にすでに訴因罰条の変更が許され、その訴因罰条変更の書面に変更後の訴因罰条の全部が記載されている場合には、起訴状を朗読せず、直接訴因罰条変更の書面に基づき変更後の訴因罰条を朗読すれば足りると解するのが相当であるところ、記録によれば、本件は、昭和五〇年三月一日付起訴状により窃盗被告事件につき、同年四月一一日付起訴状により同被告事件につき各公訴の提起がなされ、さらに同日付訴因罰条の変更請求書により右両起訴状記載の訴因罰条全部についての変更請求がなされたこと、右変更請求書には変更後の訴因罰条(常習累犯窃盗)の全部が記載されていること、原裁判所は、原審第一回公判期日において、検察官の右訴因罰条の変更請求を許可したうえ、検察官に右両起訴状の朗読をさせることなく、直接右変更請求書を朗読させたことが認められるのであつて、右事実に照らせば、原裁判所が原審第一回公判期日において検察官に起訴状を朗読させず、訴因罰条の変更請求書を朗読させたことは正当であつて、何ら違法はないといわなければならない。

さらに、所論は、原裁判所は、原審第四回公判期日において被告人に通訳人を付さなかつたため判決宣告の際、被告人に書面を示したが、原裁判所が右期日において宣告した判決および判決書中の罪となるべき事実は、変更された訴因どおりの事実であるのに、右被告人に示した書面には罪となるべき事実として起訴状のとおりと記載されていたのであり、また右書面には者に対する刑の減軽の法令を適用した記載がなく、さらには上訴期間を告知する記載もなかつたのであつて、右判決宣告手続には法令の違反がある、と主張するので判断する。記録および証人長谷川俊清の当審公判廷における供述によれば、原裁判所は、原審第四回公判期日において被告人に通訳人を付さないで判決宣告手続を行つたが、その宣告は口頭で告知するとともに被告人に対しては書面を示すことによつて告知したこと、原裁判所が右判決宣告において口頭で告知した判決理由中の罪となるべき事実は、前記昭和五〇年四月一一日付訴因罰条の変更請求書により変更された訴因につきさらに同年五月一二日付訴因の追加請求書により追加的に変更された後の訴因のとおりの事実であつたのに対し、被告人に示された右書面には罪となるべき事実として起訴状記載のとおりと記載されていたこと、原裁判所の判決の宣告が終つたとき、弁護人から原裁判所に対し、被告人に示された書面では判決内容が分かりにくいので判決の原稿を被告人に示されたいとの要求がなされたが、原裁判所はこれに応じないで被告人に対する公判期日を閉じたことが認められる。ところで、判決は、公判廷において宣告により告知すべきものであるが(刑事訴訟法三四二条)、者である被告人に対し通訳人を付さないで判決の宣告をする場合には、宣告をするとともに、被告人に対しその宣告の内容を書面により告知することによつて適法な判決の宣告をしたことになるものであり、右書面による告知を欠くときには、その判決の宣告は不適法であると解するのが相当である。本件においては、原裁判所は前記認定のとおり者である被告人に対し通訳人を付さないで判決の宣告をし、その際被告人に対し書面による告知もあわせ行つたのであるが、その書面に記載した判決の罪となるべき事実は、宣告した判決の罪となるべき事実の要旨と相異するものであり、かつ、その相異は重大であるから、結局被告人に対しては判決の罪となるべき事実について書面による告知を欠いたことに帰するのである。そうすると、原裁判所は被告人に対し判決の宣告を適法に行わなかつたものといわなければならない。したがつて、原判決の訴訟手続には右の点において法令の違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであつて、原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、その余の控訴趣意(量刑不当の論旨)に対する判断をするまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は者であり、昭和四五年四月二七日大阪簡易裁判所で窃盗罪により懲役八月に、同四六年二月九日同裁判所で同罪により懲役一〇月に、同四八年一一月二九日尼崎簡易裁判所で同罪により懲役一〇月に各処せられ、いずれもその刑の執行を受け終つたものであるが、さらに常習として、別紙犯罪事実一覧表記載のとおり昭和四九年九月一一日ころから同五〇年二月一日ころまでの間、一二回にわたり、豊中市本町一丁目一二番二九号菊屋菓子店内ほか一一か所において、田中亮助ほか一一名の所有または管理にかかる現金合計一一五万四、〇〇〇円位、小切手二通(額面三万九、六五〇円)、および財布等雑品合計一七点(時価約一、七〇〇円相当)を窃取したものである。

(証拠の標目)〈略〉

(累犯前科)

被告人は(1)昭和四五年四月二七日大阪簡易裁判所で窃盗罪により懲役八月に処せられ、同年一一月一日右刑の執行を受け終わり、(2)その後犯した窃盗罪により同四六年二月九日同裁判所で懲役一〇月に処せられ、同年一〇月一九日右刑の執行を受け終り、(3)さらにその後犯した窃盗罪により同四八年一一月二九日尼崎簡易裁判所で懲役一〇月に処せられ、同四九年八月二九日右刑の執行を受け終つたものであつて、右事実は検察事務官作成の前科調書および判決書謄本三通によつてこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は盗犯等の防止及処分に関する法律三条(刑法二三五条)に該当するが、前記前科があるので刑法五九条、五六条一項、五七条により四犯の加重をし、右は者の行為であるから同法四〇条、六八条三号により法律上の減軽をし、その刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一二〇日を右刑に算入し、原審および当審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(戸田勝 梨岡輝彦 野間洋之助)

別紙  犯罪事実一覧表〈省略〉

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